無理しないで

『どこに行っても治らない症状なら当院へ!』
みたいな惹き文句、最近よく見ませんか?

あれ、どういう意味なんでしょうね。
「どこに行っても治らない症状でもここに来れば治るぞ~」ってことやろか。

だとしたら、私にはとても言えないな。
神様じゃあるまいし。


当院の治療は心身をひとつのものとして観る東洋医学的身体観を基本に、
現代解剖学・生理学、神経学、構造学的な視点を合わせ、
心身全体の機能的・構造的な調整を通じて
その人本来の治癒力・回復力・免疫力の回復を促す根本治療。
症状自体を追わずに、心身全体の「状態」を改善し、治癒力を高め、
結果的に症状の改善・緩解、パフォーマンスの向上を目指します。
要は元気の底上げですわな。

症状自体を追わんから、かえって幅広い病や疾患に対応できるし、
慢性疾患や深い部分に原因のある疾患にも対応できます。

そやから言うて
「どこに行っても治らない病や症状も治せるぞ~」とは言えまへん。
もっかい言います。神様やあるまいし。
そもそも治すのは本人の治癒力であって、治療はあくまで手助けやし。

「え?治してくれへんの?」
と思ったそこのあなた!
その発想自体が危険かも知れませんよ。


【どこにいっても治らない】
には理由があります。

理由① そもそも治りづらい病であったり、進行性の病である場合

〇難病系
 難病指定されている病の中には、
 リウマチ、パーキンソン病、潰瘍性大腸炎、クローン病など
 東洋医学的鍼灸治療で効果の出やすいものも色々とあります。
 難病指定されていなくても、西洋医学的な治療(症状を抑える系)で
 効果が出にくいアトピー・喘息などアレルギー疾患なども
 東洋学的鍼灸による改善率は比較的高いものです。
 が、その他多くの西洋医学的に難病指定されている病は
 東洋医学的においても難病であることに変わりはありません。

〇先天性・遺伝性疾患、遺伝子疾患
 当院の鍼灸治療は心身全体の調整治療ですので、
 その時点時点での最良・最上の状態へと導くことは可能です。

〇末期がんなど
 がんに侵された身体の治療は、がんの進行スピードとの戦いになります。

〇生活習慣病
 生活習慣の改善がなければ、どんな治療も焼け石に水です。


理由② 治療が適切でない場合

 〇的外れな治療  
  診断がずれ、原因の見落とし、などがあればそもそも適切な治療はできない。
  病名別・症状別に診るということは心身全体を観ないということ。
  病名別・症状別治療(対症療法)における「根本原因」は
  多くの場合、症状の直接的原因を指している。

 〇稚拙な治療
  診断が適切であっとしても治療自体が稚拙なら効果は低いのは当然。
  
 〇症状とはどんな場合でもそこに症状を出す必要があって出てくるのだから
  症状自体を相手にする対症療法ではそもそも根本的には治らない。


理由③ 本人に治す気がない場合

 「治してもらう気」は満々だが自ら治す気が無い人、
  言い換えると医療に依存的な人も少なくありません。

 〇生活習慣病と呼ばれる病に限らず、
  多くの病や不調の原因は本人の日常生活の中にあるのだから、
  本人に治す気がなければ、
  つまり、【不調を招いた生活習慣の改善=養生】をしないのであれば、
  それは同じ負荷が以後もかかり続けるということ。
  これまたどんな治療も焼け石に水になります。
  食習慣、姿勢・運動習慣、思考習慣の問題点、
  つまり日頃の自分の在り方と向き合うことが必要です。


理由④ 養生の方向性がずれている場合

 〇良かれと思って何かに取り組むこと自体は素晴らしいのですが、
  取り入れた健康情報、選んだエクササイズ、エクササイズの取り組み方などが
  目的とずれていることはよくあることです。
  西に向かいたいのに東に歩き続けるようなもので、生涯目的地にはつけません。

  養生の方向性が目的とずれていれば目的から外れた結果が得られるだけで
  望む結果は得られません。
  あなたも間違った努力していませんか?

  なぜ間違ってしまうのでしょう。
  それは現在地を知らないこと、
  今の自分の状態についての理解が乏しいことから生じます。

  当院では、そのようなことのないように、ただ治療を受けて頂くだけでなく、
  ご自身のお身体の現状とそこに至らせた生活習慣上の問題点(要改善点)について
  理解を深めて頂けるよう心掛けるとともに適切な養生法についてお伝えしています。


理由⑤ 自己信頼感が低い場合

 〇自分の治癒力、自分の可能性に対して信頼していない人
  
  「治る筈がない」
  「自分の病・不調は特別で治りづらい」
  などと「変われない」ことへの思い込みが強い。

 〇変化すること、成長することを恐れている人
  
  「これが自分だから」
  「自分はずっとこうやってきたし、これからもそうだから」
  などと「変わらないため」にエネルギーを使ってしまう。

  このように自己信頼感が低いと
  「なんとかしてほしい」「誰かがなんとかしてくれる」
  と医療に対して依存的思考に陥りやすくなる半面、
  養生・リハビリ・セルフケアなど
 「変わるためのエネルギー」を主体的に使うことがない
  こととも相俟って、結果、治癒力の回復は制限されてしまいます。

 〇フィードバックを受けることを嫌う人
  【フィードバック】
  目的の達成のために現時点での評価、問題点(要改善点)を伝え、
  軌道修正を促すこと

  生活習慣上の要改善点などを指摘されることを
  さも自分自身を否定されたかのように受け取ってしまう思考癖の方が
  時々いらっしゃいます。

  良くない習慣を改めることは
  非常に大切な自己治療となりますが
  その前提として現時点での問題点を知ること、理解することが肝要です。
  フィードバックを受けることを嫌う人は
  自らその機会を捨てているのと同じですから、
  当然、その分、回復は遅れることとなります。

  フィードバック、指摘を貰うということは
  あなたにそれだよりよく変われる可能性があるからです。
  「私には私にはそれだけの可能性があるのだ」
  「私はまだまだ成長できるんだ」と自分を認めてあげましょう。

  


理由⑥ 被害者意識が強い場合

 〇「なんで私が・・・」
  病や症状を憎み、「私は悪くない」「誰かが治してくれるべき」
  と潜在的に思っており、現実や原因と向き合うことを避けるため、
  養生(生活習慣の改善)に積極的になれません。
  また「怒り」「憎しみ」など負の感情はストレスを増大させやすく
  治癒力を貶めるため、回復が遅くなります。


理由⑦ 自分の考え、価値観への固執が強い場合

 〇多くの病の原因は本人の生活習慣の中にあります。
  思考習慣を含めて、昨日までの自分の選択・決断の結果が
  現在の健康状態に表れているのです。
  であるならば、その問題点はなにか、
  問題点を理解したならばどのように習慣を変えてゆけば良いか、
  どのように養生に励めば良いか、
  自分に出来ることを積極的に学んでいくことが
  よりよい変化を得るためには合理的な選択と言えるのではないでしょうか。

  そのためには謙虚に他者の話、
  自分のこれまでの思考とは違う意見に耳を傾ける謙虚さと
  アドバイスや医療指導をすぐに実践する素直さが不可欠です。
  実際に謙虚さと素直さをもった向上心に溢れる人の予後は良いものです。

  しかし、自分の思考や感情、自分の価値観で選んだ情報に固執し、
  それ以外を受け入れない心の用意をしている人は、
  そもそも変化しない用意をしているのと同じですから、
  その分、身体の反応もおのずから鈍くならざるを得ないのです。  


理由⑧ 症状への囚われが強い場合

症状とは異常事態を知らせる身体からの警報、
或いは
症状とはその時点における治癒力の発現そのもの(例:風邪の諸症状など)
つまり、症状とはその時点において必要があって生じるものです。

ゆえに、症状とは感謝こそすれ憎むべき敵ではない、
ということを理解することが大変重要です。

もちろん、症状自体の苦しみを否定するものではありません。


さて、慢性的な症状のその「感じ方の強さ」は脳が決めると言われています。
つまり、症状に囚われれば囚われるほど、その症状は強く大きく感じられる、ということです。

慢性的な症状を抱える心身の状況は、
幾つもの問題が何層にも積み重なり絡みあっているもの。
症状とはあくまでその結果であり、且つ氷山の一角に過ぎません。
向き合うべきは原因であり、結果ではないのです。
原因が改善されてゆけば、結果は自ずと変わるのですから。

治療の過程においては、症状として本人が自覚していない変化も起こります。
症状自体はより表層からの症状、比較的新しい症状から変化し、
根の深い原因からの症状はゆっくりと変化してゆくことが多いものです。

異常事態を知らせる症状も治癒力によるものですが、
治療中、治療後に起こる様々な身体の変化も治癒力の働きです。
鍼灸、或いは手技治療という働きかけに身体が応えてくれている証です。
しかし、気になる症状ばかりに囚われている人は
治療中のその様々な変化に気づけないのです。
或いは気づいても軽視し、驚きも喜びもありません。

丁度、カメラで対象をクローズアップすると
対象物それ自体は大きくはっきり見えても
その周囲はぼやけてしまうのと同様、
症状への囚われは身体の変化への感度を下げ、
且つ精神的視野も狭くしてしまうのです。


また症状を憎み症状を過剰に嫌う人は
状態が改善しているからこそ感じる症状の変化、
血行が改善し鈍麻していた神経が回復するからこそ感じる変化
(痛みの限局化や表面化、麻痺→痺れ→痛みなどへの変化etc)
を受け入れることができません。


また治療に臨む際のその心の備えは
日常の出来事に対するその人の在り方とも重なってきます。

「自分の望んだ結果しか喜ばない」という心の備えは
それ以外の今ある恵を喜び感謝するという心のゆとりを失います。
自分の価値観を基準として不快と感じるもの、
悪いこと、マイナスの事象と認識するものばかりに焦点を合わすこととなり、
それは怒りや悲しみ、不満となり、ストレスを産み出してゆくことになります。

要らぬストレスをかき集め、
あるいは必要以上に重くストレスを受け止めるそんな思考習慣は
脳の緊張を生み、呼吸を浅くさせ、肝臓など内臓にも負担をかけ、
治癒力や免疫力を下げてしまいます。
治療に対する身体の感度も下げてしまいます。

悪しき心の備え、思考習慣は治癒を遅らせる要因ともなる ということですね。


逆に症状以外の身体の様々な変化のいちいちに気づき喜び、
感謝できる人の予後は明るいものです。

そんな人は日常においても今ある恵を喜び、
感謝のうちに生きている人です。
何気ない日常の中に驚きや気づき、喜びを見出せる人です。
辛いこと悲しいことが起こっても何度でも立ち上がることが出来るでしょう。


日常の在り方は必ずその心と身体に影響を与えます。
何らかの不調があるということは、その在り方のどこかに歪みがあるということ。
火の無いところに煙は立たず。
原因もないのに症状がいきなり生まれてくる筈はないのです。

症状に感謝し、症状から学び、
赤子のような無邪気さでコツコツと養生に励むことを、
身体との対話を楽しめる人の未来は
それだけ明るくなることでしょう。

症状ばかりに囚われ、怒り悲しみに囚われ生きている人は
その分、必ず治癒は遅れるでしょう。



理由⑨ そもそも治りたくない場合

 〇その病でいることによる社会的・心理的利益を本人が守りたい場合
  「病人」でいられる。
   優しくしてもらえる。
   かまってもらえる。
   弱者でいられる。
   被害者でいられる
   現実と向き合うことから逃げていられる。
   など
  そもそも治りたくない(顕在意識では治したいと思っていても)なら
  治るものも治らない。



私が「『どこに行っても治らない症状が治る』なんて言えない」という意味、
ご理解いただけましたでしょうか。



はてさて、①②の問題は治療家側の問題です(生活習慣病は除く)。
当院ではより適切、より精緻な治療を提供できるよう全力を尽くします。

③④⑤⑥⑦⑧⑨はご本人の問題です。
ご本人の問題、ですよね?(笑)

ですが、この問題を棚上げにしながら健康になりたいと考える方は
哀しいことに少なくないのです。

目的地にたどり着きたいなら、現在地を確認し、
目的地につながる道を選択しなければなりません。
変わりたいなら変わるためにふさわしい選択・決断・実践が必要です。
道理ですよね?

同じ道を通って違う場所へ行きたい。
同じ方法を繰り返しながら違う結果を得たい。
健康を損なわせた習慣を改めないで健康になりたい。
道理がありませんね?
道理がないことを無理と言います。

あなたは無理していませんか?

悟飯,ドラゴンボール,無理
  鳥山明さん『ドラゴンボール』より



生活習慣(食、姿勢・運動、思考)の改善=養生とは自己治療です。
自己治療と治療院での治療とが両輪となって治癒は進んでゆきます。

あなたが無理を捨て、
問題意識を持って治療に臨み、
主体的意識を持って養生に励むほど、
あなたの心身はしっかりとそれに応えてくれます。
あなたの世界はきっと明るく変わっていくでしょう。

どうぞくれぐれも無理しないでお身体大切にしてください。
当院は本気のあなたの味方です。



根本治療専門 鍼灸治療院きさらぎ
TEL 079-421-9353
兵庫県加古川市野口町野口431-3

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